こんにちは。京都府笠置町の笠置寺、副住職です。
奈良に春を呼ぶ風物詩として知られる、東大寺の「お水取り(修二会)」。
夜空を焦がす大迫力のお松明(たいまつ)の光景は、ニュースなどで一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。

実は今年もありがたいご縁をいただき、二月堂の内陣(仏様に最も近い神聖な場所)にて、この歴史ある法要を拝観させていただきました。
千年以上も途絶えることなく続く祈りの空間。そこに身を置くと、厳かな空気とともに、長い年月受け継がれてきた人々の想いの重みがひしひしと伝わってきます。
ところで皆様は、この「お水取り」の起源が、実はここ笠置寺にあると伝えられていることをご存知でしょうか?
天界から持ち帰った祈り。お水取りの起源は「笠置寺」に
奈良時代のこと。実忠和尚(じっちゅうかしょう)というお坊さんが、笠置寺にある「千手窟(せんじゅくつ)」という洞窟から、天界(兜率天)へと赴きました。
実忠和尚はそこで、人が生きる中で知らず知らずのうちに犯してしまった過ちや罪を仏様の前で懺悔(さんげ)し、心を正していく「十一面観音悔過(じゅういちめんかんのんけか)」という素晴らしい法要に出会います。「この尊い祈りを、ぜひ人間界でも行いたい」。そう願い、地上へ持ち帰ったのが、現在のお水取りの始まりだと伝えられているのです。
東大寺に「正月堂」がない理由
東大寺を歩かれたことがある方は、少し不思議に思ったことはありませんか?
東大寺には「二月堂」「三月堂」「四月堂」はありますが、はじまりの月であるはずの**「正月堂」がありません。**
実は、天界から法要を持ち帰った実忠和尚が、まず最初に笠置寺に「正月堂」を建てたからなのです。その後、東大寺へと移られて「二月堂」を建立されました。
現在も笠置寺には「正月堂」が静かに佇んでいます。東大寺と笠置寺の間に、深いご縁があるのかを感じていただけるのではないでしょうか。

天界とのタイムラグ!?お坊さんが堂内を走る理由
お水取りの法要の中には、「走りの行法」と呼ばれるお坊さんたちが堂内を走る行があります。厳格な法要の中で「なぜ走るのだろう?」と不思議に思われるかもしれません。
これも、天界での法要に関係していといわれています。
兜率天での法要は、本来ゆったりと歩いて行われていました。しかし、天界での1日は、人間界の「400年」に相当すると言われています。人間界の時間の流れでは、到底やり遂げることができません。
そこで実忠和尚は、**「それならば、走ってでもその時間を少しでも埋め合わせます」**と仏様に誓われました。これが「走りの行法」の始まりとされています。果てしない時間を超えてでも、この尊い行を人間界で実践しようとした実忠和尚の強い覚悟を感じずにはいられません。
お松明の炎の奥にある、本当の「お水取り」
お水取りといえば華やかなお松明が有名で、多くの方がその炎を楽しみにされています。
しかし、その後に静かに営まれる法要こそが、お水取りの本来の姿です。
二月堂では、「練行衆(れんぎょうしゅう)」と呼ばれる11名の僧侶の方々が、私たちの代わりに、人が生きていく中で知らず知らずのうちに犯してしまう過ちを仏様に懺悔し、祈りを捧げてくださっています。
内陣の暗がりの中、一心に祈るお坊様たちの姿を拝見しながら、「実忠和尚も兜率天で、このような神々しい光景をご覧になっていたのだろうか」と想いを馳せました。
私たちが心穏やかに過ごせるようにと祈り続けるお姿に、「本当にありがたいことだな」と、ただただ静かに手を合わせるばかりでした。
千年以上続く、祈りの行。
その始まりに笠置寺とのご縁があることを想うと、改めて深い繋がりの中に今があることを感じさせていただいたひとときでした。
皆様もぜひ、笠置寺の「正月堂」へ足を運んでみませんか?
東大寺の二月堂へ繋がる歴史の息吹を、きっと肌で感じていただけるはずです。

